患者様とのエピソード

どうにかして救ってあげたい

ある日診療をしていると、予約もなく一人の歳を取られた女性の患者様が診察を希望され来院されました。
見るからに生気がなく受付カウンターに立たれる姿の第一印象は“幽霊”、思わず足を探してしまいました。問診票を見ると「口の中を見てほしい」とだけ書いてありました。
口腔内を拝見するとまばらに数本の歯牙が残存していますが、そのどれもが歯周病に罹患し動揺が見られ、歯肉も赤く腫れ、義歯も装着されていない状態でした。
顎位(本来その人が持っている安静で食物を噛む事の出来る下顎の位置)も安定しておらず、これは大変だなと思ったのを覚えています。
そこで患者様と会話が始まり、「今何か内科的疾患でお医者さまに通っていらっしゃいますか?」
「お腹が良くなくて」重い口を開かれました。
「そうそれは大変だね。胃が悪いの?それとも、」ここまで私が言いかけた時。
「実は食事をしてもすぐに胃がもたれて、お腹が悪くなり、それから耳が痛くて、頭も痛くて、どうかすると頭がふらついて、うまくお喋りができなくて、変な臭いもするので」、ここで私は思いました“不定愁訴”??
でも、これでかたづけてしまうのは簡単だけど…と思い「大変辛そうだけど、お医者さまにかかっているならそこの診察券持っていたら見せていただけますか?」とお願いすると次から次へと数枚の診察券を見せてくださいました。
内科、外科、耳鼻科、整形外科、メンタルクリニック、これに歯科が加われば総合病院だ、なんて不謹慎にもそう思ってしまいました。
まさかと思いながら「今日、お薬手帳持っていますか?有ったら見せていただきたいのですが」残念ながらそこにはそれぞれの医院で薬が28日分処方され、一部は重なり多量の薬が書かれていました。
「これ全部飲んでいるの?」
「はい!」
「・・・・。」

数年前の出来事で、今ではこのような事は珍しくなっていますが、今でも判で押した様に十分な診察もなく無駄な薬を出し続けている医院があるのも現実です。

さて薬の事はお医者さまに任せ、その患者様は、話し合いの末、必要な歯を抜歯すると同時に装着する即時義歯を治療用義歯として使用し咬み合わせを回復、残存歯の歯周病の治療、虫歯の治療等を行う事に同意をいただき計画通り7ヶ月後には新しい義歯を装着し経過観察に移りました。
今も時おり来院いただき、経過観察中です。
この患者様の全身の症状、すべて歯科でなおる事はありません。
でも口腔は咀嚼、嚥下、発音、と人の生きて行く上で大変重要な働きを行っているところです。
うまく噛めないから胃が悪くなる、飲み込むのも大変だから食事に時間がかかり食欲がない、歯がないとうまく喋れない、顎位が定まらないと関節が痛み耳が悪いと勘違いをする・・・などなど口腔の不調が身体に影響を及ぼす事を明らかに表した症例であったかと思います。
もちろんこの患者様、幽霊から復帰されました。
諦めずに患者様とよく話し合い、治療に対し共通の価値観を持てた事がとても良かったと思いました。

高血圧で治療を断られた

さてもう一人の患者様を思い出してみましょう。
こちらの患者様は歯を抜いてほしいとの予約で来院されました。
50歳代半ばで少し小太り、ネクタイが少し苦しそうでハアハア言って、赤ら顔。なんだか嫌な感じ(…ごめんなさい)。
「どうされましたか?」
「実は僕、血圧が高くて。」来た来た予感的中。
「高血圧の治療で内科には通っていらっしゃらないのですか?」
「忙しくて、なかなか行けなくって薬も飲んだり飲まなかったり。」一番良くないパターンだ、どうしよう…
「それでは血圧を測ってみましょう。」
自動血圧計をセットし橈骨動脈を触知しながら血圧測定、やはり少し高そう、思うと同時に血圧計が測定値を表示、180/95mmHg、う~ん・・・
そこで患者様が、
「やはり高いですか?どれ位ありますか?」
「そうですね少し高いようですがもう一度計ってみましょう。ハイ大きく深呼吸して」
いきなり高い数値を言う事でさらに緊張が増して血圧が上昇したり、ただ歯科の治療椅子に座るだけで血圧が上昇する事もあり、さらに2~3度深呼吸をしていただいてから再度計測を行いました。174/90mmHgやはり立派な高血圧症です。
「上が174、したが90です。やはり少し高いようですね。」
「先生、血圧が高いとどうして歯が抜けないのですか?以前通っていた歯医者さんでも血圧が高いと歯は抜けないとだけ聞いたのですが。」
「そうですね、血圧が上昇する原因は本当にたくさんあります。もちろん基礎疾患がありそれにより血圧が上がっている場合はお医者さまに通って治療を受ける必要がありますが、私たちの領域では歯科治療に対する不安や恐怖、治療の痛み、などが主な理由です。歯を抜くという治療においては、怖い、痛くないか、うまく抜けるか、など大きな不安があると思います。ただでさえ血圧が高い方にそのような要因が加わった時さらに血圧が上昇し、色々な偶発症が発生するからです。考えて見てください。血圧が高いと出血量が増し、視野が悪くなるため処置に時間がかかり、しかも血が止まりにくい。悪い事ばかりですよね。」
すぐに抜歯しなければならない様な緊急性もない事から、「一度内科にしっかりかかって診ていただき、血圧を下げていただいてから、抜歯を考えてはいかがでしょう、お手紙書きますから。」
「そうですね、良く分かりました。今までは不真面目な患者でしたが、少し頑張って内科に行きます。」
「頑張って下さい、待っていますから。」
私はこの様に他の医療機関に診療を依頼する時には必ず“診療依頼書”をまた患者様の現在の状態をお尋ねする時には“対診書”を書くことにしています。
内科の先生も人の子、歯医者に言われたから来たよ、では少しね…
でもこの様に、診療をお願いした理由、当方の診療計画、希望等お手紙を書くと親切に患者様にも私たち歯科医にも接していただき、すべては患者様にフィードバックされることになります。
もちろんこの患者様は後日血圧が安定し来院されました。当院で再度血圧測定を行ったところ内科からの経過報告より少し高めの血圧だったため、緊張による血圧上昇と考え、抜歯時麻酔医による鎮静法を併用したところ、抜歯中血圧の上昇もなく安全に痛くなく処置を行う事が出来ました。
この事は良くお話合いを行い、内科受診の必要性を理解していただき、がんばって通院された患者様の努力によるものと考えます。

いつまでも噛んで食べている父を見て

当院には、70歳くらいのご高齢の男性で入れ歯の調整で通っていらっしゃる方がいました。
ある日、「自分の歯で、美味しいものをしっかり噛んで食べたいから」と、上下の歯のインプラント手術を希望されました。
正直、ご高齢で先も長くない、インプラントは治療費も高額だし、勿体無いのでは・・・・と思いましたが、患者様の要望でもあるので期待に答えインプラントを埋入することにしました。
インプラント手術は成功し、入れ歯以上にしっかり噛めることで、食事を心の底から楽しんでいただけたようです。術後のメンテナンスでは、この前はあれ食べた!これ食べた!と仰ってくださる患者様の笑顔が私自身とても嬉しかったことを覚えています。

とても真面目な方でしたので、術後のメンテナンスには定期的に欠かすこと無く来院いただいてましたが、ある日バタッと来なくなってしまいました。
不思議に思い、電話をかけますが繋がりません。
「どうしたんだろうね?」とスタッフと気にはしていましたが、それ以上はどうしようもできません。
それからしばらく月日が流れ、忘れかけていたころに突然、その男性のご子息と仰る方が来院されました。

「ありがとうございました。こちらでインプラントを入れたことで、死ぬまで普通の食事をすることができました。感謝をお伝えしたく、今回、突然ですがご訪問させていただきました。」と。

詳しく聞いてみれば、脳梗塞で倒れてしまい、それからは施設に入って生活をされていたとのことでした。・・・だからメンテナンスに来られなかったんですね。
入居先での食事は、職員の方がお世話しやすいからでしょう、入れ歯を装着している方は入れ歯を外され、流動食を与えられていたとのことです。

入れ歯があれば普通の食事が食べられるのに・・・流動食を食べている本人も、そのご家族の方も、これを目の当たりにしてしまうと辛いのではないでしょうか。
そんな中、インプラントを入れていることで、普通の食事を死ぬまで食べることができたことが、入ればからインプラントに変えた本人に取っても、ご家族にとっても、とても嬉しく、そして誇りだったのでしょう。

わざわざ、お礼に足を運んでくれ、嬉しい言葉をいただいたことは、歯科医をやっていて良かった。と思うひとときでした。

「木を見て森を見る」診療を

幅広く、皆さまのどんな話でも耳を傾けられるようになりたいですね。

「先生、下唇が痺れるんです。先生の所で3軒目なんです。2軒とも問題ない、気のせいじゃないかって・・・でもやっぱり気になるんです。」と訪ねてきてくれました。
なんとかして欲しい!という想いが、視線からビシビシと感じる・・・
主訴は「下唇の違和感」見た目も触ってみた感じも確かに問題はありません。
【じゃあ原因はどこだろう】と考え一通り患者様をじっくりと見てみる。
あれ?噛み合わせが深い!すごい過蓋咬合だな。(噛みあわせが深く、前歯が下の歯を覆っている状態)
ってことは関節大丈夫かな?と顎の関節を触ってみるとやっぱりおかしく、よろしくない動きをしている。

これが必ずの原因かはわからないけども、
なんで前の病院では気付かなかったのだろうか。
ゆっくり観察することができなかったから?
患者様の主訴しか聞いていないから?
原因が特定できない症状には時間が割けない?

これは患者様に伝えたいことではありません。
若い先生方にもっと、一つの症状(主訴)に対してあらゆる角度から観察して欲しい。
すぐに断定しないで欲しい。
患者様の不安・悩みに寄り添って欲しい。と、切に願います。

医療人として患者様に寄り添い、
「木を見て森を見ず」ではなく「木を見て森を見る」診療を心掛けたいですね。

 

寺辺先生のコメント

治療途中でなかなか症状が軽快せず来院していただけなくなった方、どうしても患者様が考えていらした入れ歯の見た目や感触に何度作り直しても近づけなくて諦められた方、何回かお話合いを行っても治療方針にご理解頂けなくて治療開始に至る事が出来なかった方、保険診療の限界にどうしてもご理解を得る事が出来なかった方、このような結果に至った背景には私の能力のいたらなさのため、大変ご迷惑をかけたことは否定できません。
患者様は医療機関に受診したら、必ず先生に良くお話しをする。そうして自分をわかっていただく、これが大変重要な事と考えます。そしてそれ以上に大切なのは私たち医療従事者が患者様が話しやすい雰囲気作りに努力する事だと考えます。
地域医療と聞くと在宅診療や,介護を思い出しますが、医療を行う側ではなく医療を受ける側の受診の際の“こつ”を皆様にお伝えするのも大切な地域医療と考え、開業させて頂いている地域の皆様とともにスキルアップを行っていきたいと思っています。